※いいとしこいて、泣いてます。
不思議と、男が男を好きになるだなんて、どうしよう!とかそういうベタな葛藤はなかった。俺、こんなに人を好きになって大丈夫なのかな、と思ったことはあったが、好きで好きで好きで一緒にいられるだけで幸せで、だからどうにかなりたいとか、そんなことは毛ほども考えたことなかったのだ。気持ちを伝えるつもりもなかったし、何か行動を起こすつもりもなかった。
よって、つまり。俺にとって、今のこの状況は190%不測の事態なのであって、冷静沈着、冷酷非道とうたわれた団長様としての俺はすっかりなりをひそめたままであるからして。俺は今、26歳の成人男性クロロ=ルシルフルとしてこの緊急事態に対応しなくてはならないらしい。
さて困った。いや、本当にそんなこと言ってる場合とかじゃなくて困った。さっきから「どうしよう」なんて言葉だけが馬鹿みたいにガンガンガンガン俺の脳髄に響いていて、どうしよう、どうしよう、どうしよう…って、もう“どうしよう”がゲジュタルト崩壊だ、馬鹿やろう。
ことの発端は、ヒソカのアホが恒例の除年師探しの成果報告とやらをするために俺の家に押しかけたことだった。しかも何故か、いつだったか俺が何気なく好きだと言っておいた(と思う)高級プリンをおみやげだと言ってよこしてきやがった。今思えば、これも今回の失態の要因だったんだろう。なんたって俺は、あいつが俺の好物をわざわざ覚えてくれてたってことに内心ドキドキで心臓が口からハイジャンプしそうな勢いだったからな。
まぁ、冷静に考えてみれば奇術師さん特有のちょっとした気まぐれだったんだろうけどさ。それでも、のせられやすい俺の妙なボルテージをあげるのには、「効果はバツグン、HPは残りわずかだ!」てな感じで十分すぎる引き金だったわけだ、皮肉なことにな。
だから、コーヒーをいれて居間に戻ってみたら、あいつがソファでコテッと寝こけてるのを発見してしまったときの俺の気持ち、分かるだろ?寝顔なんて、家族か、こ、恋人くらいしか見れないもんだろ?ドキドキバクバクのルシルフルさんが衝動でロクでもないことを思いついたとしても、不可抗力、だったと思うんだ。そうだ。そうにきまってる。
だって、俺はこいつのことが死ぬほど好きで、でもそんな気持ち死んでも言えなくて、あいつは無防備で、今なら何やっても気づかれないくらい爆睡していた。80年代の少女漫画じゃないが、これは、アレだろう。
キス、するしかないだろう。
そうと決まれば善は急げだ。いや、善ではないか。
俺だって、伊達に本ばっかり読んでない。こういう行為をなんて呼ぶのかってことくらい、知ってる。「寝込みを襲う」だ。うわ、文字にすると案外エグい。いやいや、キスするだけなんだから、そんなオオゴトじゃないよな。ちょっとした出来心ってやつだ。大目に見てほしい。……そもそも俺は一体誰に言い訳しているんだ?
ぐるぐると取り留めのないことを考えながら、俺は確実にヒソカの寝顔に近づいて行った。画だけみると結構シュールな光景かもしれない。
あ、うお、近い。う、うわ、なんかこいつ良い匂いするぞ、香水でもつけてるのか?…い、今更だがドキドキしてきた…ここはやっぱり唇ははずしておいた方がいいよな。さすがに悪いし。いや、まてよ。こんなチャンスもう一生巡ってこないんじゃないか?これを逃したらもう一生き、キスなんて………。
よ、よし。お前には悪いが俺のファーストキスはお前に奪ってもらうことにしよう。…今のは自分で言ってて気色悪かった。
あ、あ、ほら、もうすぐ触れるぞ、コレ。どうする、引き返すなら今だぜ、俺。いや、絶対やめないのは分かってるんだけども。
ソファの背もたれに首を預けるようにしてうまいこと上を向いてくれているヒソカの顔をそっとおさえて、俺は、
俺は、
俺は。
『ピンポーン。』
…ベタ is best ってやつだろうか。
途端、俺の全身の血液は絶対零度まで瞬間冷却された。時すでに遅し。俺ときっちりばっちり重なっていたあいつの顔の瞳が見開かれるのに、そう時間はかからなかったと思う。ああ終わったな。どこか遠くで、もう一人の俺が苦笑いした。確かに、終わった。とにもかくにも何もかも終わってしまいました。チャンチャン。これで除年師の件パーになったら、蜘蛛の皆、ごめん。全面的に俺が悪い。
心臓のあたりがだんだんと冷たくなっていくのを感じながら、俺は未練がましくのろのろとヒソカから離れた。遠くで、未だにチャイムが鳴り響いていている。ああ、もう一体ぜんたい、
「誰だよ…」
がっさがさにひび割れた声が出た。泣きだす寸前みたいな声だった。なるべくあいつの顔をみないように玄関のほうを振り向く。とりあえず出なくては、と歩き出そうとした瞬間。世界が急に傾いた。いや、傾いたのは俺だ。なんで傾いてんだ。大丈夫か。
それが、後ろからものすごい力で腕を引っ張られたからだ、と気づく頃には、俺は無様によろけてヒソカの胸に倒れこんでいた。
あ、殴られんのかな。と思いついて、とっさに目をつぶる。殴られて振られるとか、どこの青春コメディだか。殴るなら殴るで、手早く頼むぜ。あんまり痛くしないでくれよ、なぁ、おい。
ぎゅう。
………おい、苦しいぞ、何やってんだ。
苦しい苦しい苦しいって。おいおい、苦しいって何でだ!
とっさの感覚に驚いて目を見開く。それから、どうやら自分がぎゅうぎゅう抱きすくめられているようだ、と理解するまでに、たっぷり10秒はかかった。
おい、なんだこの状況。何を言っていいのか、どう反応すればいいのか全く分からず、体を預けたままに呆然としていると、誰かがなにごとか喋った。チャイムはいつの間にかやんでいたし、言葉はしっかりと聞こえたはずなのに、俺はその言葉を誰が発したのか見当がつかなかった。いや、この状況で俺以外の誰かっていったら一人しかいないんだろうけど、あいにく彼の頭は俺の肩にのかっていて顔を見ることすらままならなかったし、何よりその声が今までに聞いたこともないくらい小さくて弱っちいものだったから、声の主と結び付かなかったんだろうな。
そいつは、さっきの俺みたいに掠れた声で一言、「なんで」と独り言みたいに言った。やっぱり泣きだす寸前みたいな声だった。俺は真っ白にフリーズしてしまった頭で、「つい、出来心で。」と答えた。全くもって答えになってないよな、これ。
案の定くぐもった声で「そうじゃなくて」と返された。こいつは俺の行動の理由を知りたいんだろう。俺はもうヤケだった。言うなら言ってしまえ、と浮かんだ言葉を好き勝手放っぽりだした。
「いや、ごめん。お前が、寝入ってたから、これはチャンスかもしれないとか、いや、すまん。不可抗力なんだ。いやだから、俺、おま、お前のこと」
さぁ、勢いだ、言ってしまえ。そう思って次の言葉をひねりだそうとした。
が、しかし。俺の一世一代の大告白は再度の「そうじゃなくて」によって無残にも遮られた。おい、何がそうじゃないんだ。これ以上ない理由だろうが。それとも野郎からの告白なんぞ受け付けておりませんってか。そんなだったらさすがの俺でもヘコむぞ。つーかもうすでに泣きそうだ。
そんな俺の葛藤もむなしく、ヒソカはまるまる一分も黙り込んで、やっと口を開いた。
「なんで、もっとはやく……言ってくれなかったの」
そういうと、静かに泣いた。本当に静かすぎて、俺は自分の右肩がじんわり湿るまで、そのことに気が付かなかった。そして、ふと、ある事実がぽっかり俺の頭に浮かんだ。何でこいつが泣いているのかは分からないまま、俺はゆっくりとたずねた。
「気づいてたのか」
ヒソカはゆっくりと、でも確実にうなずいた。
なくほどおれのこといやなのか。
俺がつぶやくとあいつは勢いよく顔をあげて、筆舌しがたいほどに情けなくてどうしようもないツラで。
「…ばか、じゃないの。…きみは、………嬉れし泣きも、知らないの。」
言ってから、笑おうとして、失敗したみたいで、妙ちくりんな表情になった。
それがあんまりにも救いようのない顔だったから、思いっきり笑い飛ばしてやろうと思ったのに、結局俺も、どうしようもない顔しかできなかった。
さて困った。いや、本当にそんなこと言ってる場合とかじゃなくて困った。さっきから「どうしよう」なんて言葉だけが馬鹿みたいにガンガンガンガン俺の脳髄に響いていて、どうしよう、どうしよう、どうしよう…って、もう“どうしよう”がゲジュタルト崩壊だ、馬鹿やろう
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
両想い、だったみたいだ。
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去年の冬くらいに考えていた、モノローグが多いので没になったネタ。
ヒソカsideも書けたらいいな。