※プラトニック、同棲設定。

 

 
いつだったか、ヒソカが言っていた気がする。
「こうしていると、明日なんて来なければいいのにーって思うんだ」


二人して、一つのどろどろのバターにでもなってしまうんじゃないかってくらい強く抱き合っていた夜。これといって何をするわけでもなくただ体温を分け合うだけで、妙にガキっぽい行動にどこかくすぐったくて恥ずかしい気持ちがしたのを覚えている。俺もあいつも、お互いに好意を伝えたわけではなかった。なんとなく、それとなく。同じ部屋で寝ることが多くなった。それからときどき、俺が眠ったふりをするとどこからかガキっぽいキスが降ってくるようになった。俺は、いい歳してろくに気持ちも伝えられない自分たちが馬鹿ばかしくて。思わずぎゅぅっとヒソカの袖を握ったりした。すると独り言のような、まさに独白のような、吐息まじりの声であいつが囁く。

「明日なんてこなきゃいいのにね…」

それに寝ていたはずの俺が「この乙女思考が」とか「寝言は寝て言え」とか毒を吐いて、次第に眠りに引きずりこまれてゆく。毎日がそれの繰り返し。

 
悲しいことに、俺にはヒソカの気持ちが分からなかった。例え今日という日が終わりを告げたって、「明日」だと思っていた月日が「今日」になるだけの話であって。実に理にかなった自然法則のはずなのに。何を抗う必要があるんだ、と首を傾げたりした。





「僕の仕事は無事に終わったようだよ」

ニコニコと零れんばかりの笑顔が目の前にある。
その日、ヒソカはついに除念師を見つけ出した。これで俺も晴れて団長に復帰。やったぜ!思わず安堵と期待で顔がほころぶ。夜中じゃないのに、その日の俺は妙に素直だった。早めに祝杯をと、二人して妙なテンションで酒をあおった。祝いごとなんて蜘蛛に戻ったらいやでもしてくれるだろうけど、二人だけで騒ぎたい気分だったのだ、なんとなく。酔った勢いで盛大に告白でもかましてやろうか、なんて思いついてもうその日は浴びるように飲んだ。そろそろ大丈夫だろう。と俺が口を開こうとすると、目の前の男が素晴らしくにこやかな顔のまま はっとしたような表情を浮かべた。器用なやつだな。一体何に気付いたのだろう。今日はめでたい日なのだ。さぞかしめでたいことに違いない。もしかしたら、俺から気持ちを伝える必要がなくなるかもしれない。さあ言え、言ってしまえ。口に出そうか迷っているらしいヒソカに詰め寄ると、しばらくして観念したように、へにゃりと笑った。
「除念が終わったらさ」
もう僕ら、他人同士だね

 
今にも泣き出しそうな、とびっきりの笑顔だった。








…外を見やる。もうすぐで夜が明けそうだ。部屋の隅に佇むいくつかの段ボールを見つめて、案外あっけないものだなぁと どこか他人事のように思った。明日になれば全てが元通りになってしまうのに、もうじき終わりを告げるはずの二人分の体温は、いつもと何ら変わりない。
 
今日が終わるまで、まだ間に合うだろうか。なぁ、伝えたいことがあったんだ。気持ちを込めてぎゅうっとヒソカの手を握ると、思いがけず強く握り返されたから驚いた。うわぁ、起きてたのか!羞恥心から身じろぎしても、ただただ苦しいくらいに抱き寄せられるだけだ。顔は見えない。泣いてるのかな。あいつに限って、そんなわけないかな。
 
静かに、二人分の鼓動が伝わってくる。どっくん、どっくん、どっくん。どちらの心臓もせわしなく早鐘を打っていた。
いま俺ってすごく幸せだなぁと思って、無性に泣きたい気持ちになった。
 
あぁもう、
時間を止める能力くらい、どっかから盗んどけばよかった。
 
もうなんでもいいやと思って、とりあえず目を閉じてみる。
最後まで言えずにいた一言を告げるより先に、暗い部屋を朝焼けが襲った。