それで、俺も「ふぅん」とか「あっそう、」とか適当に流しておいてやればいいのに、律儀になになになんだと聞き返してやるからもっとやっかいだ。それでこいつも俺に分かってもらおうと一生懸命なにやら説明するんだけど、やっぱりそれは突拍子のない言葉だったりして、いよいよ俺は首を傾げるしかなくなってしまう。二人してさて困った、という雰囲気になる。俺も俺なりに愛しちゃったりしている恋人の言うことだから、ちゃんと分かってやりたいんだけど。
「ねぇ、今は死にたくないなぁって思うのっていつ?」
…ほーら、きた。
ふわふわした日差しの昼下がり。二人してぼんやりテレビを見ていたら、またしても今までの会話とまったく脈絡のない質問がとんできた。…いや。というより、ぽろっと零れて俺のほうにコロコロと転がってきた、って感じだ。質問してきた本人もあんまり返事は期待してないみたいで、視線はぼんやりと時代遅れのブラウン管に向けたまんまだ。
んー・・・・
「死にたくないと思ったことがないなー」
思ったままのことを返してやると、ヒソカはふん、と鼻を鳴らしてみせた。どうやらご不満らしい。内心もうこいつホント面倒くさいなぁ、って思ってしまうのは仕方ない気がする。
「ぼくはあるよ」
…へぇ、それはそれは。
一生懸命あくびをかみ殺して目の前の男の話に耳を傾けてやろうとする。けれども、昼のぽかぽかした空気っていうのはどこか狂気じみていて、俺はついついウトウトしてしまった。俺がこっくりこっくり舟を漕いでいる様子を見て、ヒソカはまたしても不満げに鼻を鳴らした。ごめんごめん、悪かったって。
「クロロってさ、僕の話聞く気ないでしょ」
そんなことないよ、聞きたいよ。
「うそだよ」
拗ねるなったら。
いい年して、他の奴らに見せてやりたいくらい子供っぽい拗ね方をした奇術師さんは、大きなため息をついてからものすごぉく勿体つけた口ぶりで続けた。
「いつか僕なんて案外はやく死んじゃってさぁ。
そうしたら、君ったら、僕が死んじゃった理由なんて深くも考えずに生きていけるんだろうね」
またしても脈絡がなくて突拍子のない話が、今度は俺の胸の真ん中あたりにズドンッと落っこちてきた。俺は最初言っている意味が分からなくて、チカチカと切れかけた電球みたいに何度も何度も瞬きをしてしまう。それから、なんというかもう、腹の奥から熱みたいなものが ぐあっと せり上がってくるのが自分でも分かった。
なんだよそれ。
それってまるで、なんか、俺が、お前を、なんとも思ってないみたいじゃないか。なんだそれ、馬鹿じゃないの。
お前が死んだら、悲しいに、決まってる、わけで。そりゃお前って変だけどさ、恋人が死んで悲しくない奴なんて、いないんじゃないの。
頭に湧いてくるごちゃごちゃした文句を一言で表せないかと思って考えてみたけれど、普段から小難しい本を読んで語彙が豊富なはず俺の脳がはじきだした返答は、いたってシンプルだった。
「つぎ、そんなこといったら別れる」
ついでにテーブルの下にあった馬鹿野郎の足を思いっきり蹴飛ばしてやった。いたっ、なんて間抜けた声が聞こえた気がするけど、多分気のせいだ。
そのまま放置してやってもよかったんだけどね。俺の中のミジンコサイズほどの良心が痛んだので、またさっきの話に付き合ってやることにした。最初にも言った通り、俺は俺なりに、お前の言うことはちゃんと分かってやりたいわけだよ。
「で、さっきの会話からなんでお前の死んだときの話とかになったわけ」
「それはだって、さぁ、」
「なに」
「僕の話もろくに聞いてくれないくらい白状なら、僕が死んだって君はとっとと忘れちゃうんだろうなぁ、って」
なるほど。
「つまりは、お前のただの被害妄想だろ。」
その証拠に、お前が死んだら俺は長い間引きずりまくって、思い出してはまたわんわん泣くよ。
言いたいことは言ったので、テレビに視線を戻す。ブラウン管の中で、芸人のつまらないギャグに観客がどわっと笑った。よくこんなんで笑えるなぁ。
数秒後、ヒソカにしては小さな声。
「ねぇ、もしかして…、」
僕って、かなり愛されてる?
「お前がそう言うなら、そうなんじゃないの」
一緒にあくびが出た。そんで、気づいたらヒソカの腕の中だった。
…くるしいですって。
まだ、ブラウン管は光をねじり出したまま。
ときどき、どっとわざとらしい笑い声が聞こえる。
やかましいはずなのに、俺たちはとても二人きりだった。
ふと、肩に擦りついてくる赤い髪を見ていたら、ずっとこのままでいてもいいかもなぁ なんて思ったりした。
というか、こいつとずっとこのままいれたらなぁって考えたりして。
あ。
これが 死にたくないなぁ か。
俺が、はじめてヒソカの話を理解できた日だった。