あっつい。

 

 

とにかく何がってもうなにかってあつい。ほんとあつすぎてとけそうなんだここはどこだここは。

さっきからぬるぬると背中にひっついてくるナイロン生地のシャツが気色悪くて仕方ない。なんで俺は麻のを選ばずによりによってナイロンなんか着てきてしまったんだろうか本当に少し前の俺まじで死んでこい。いやしかし皮肉なことに現在ホントに死にかけの状況に陥っているわけだが。あぁ、それにしてもあつい。

サウナ地獄とも言えそうな室温と湿度のなか、瞼をこじ開けてみると、目の前にも同じように行き倒れている男の赤毛が見えた。こいつは水色のほう似合うんだけどな、とかどうでもいいことが浮かんでくる。あぁまじでどうでもいい。いっそのこと、このままフローリングの床と一体化してしまおうか。第二の人生がこいつン家の床ってのもいいかもしれない。あ、でも踏まれるのはいたくていやだな。

「いつ、なおるんだ」

やることもないので、目の前の死にかけ赤毛ミイラに話しかけてみる。返事はない。ベランダの方から名前も知らんような虫のやかましい声が聞こえるだけだ。ほんとに死んじまってるんじゃないかこいつ。ちょっとだけ心配になって、デロデロに溶けだしそうな腕を精一杯のばして赤い頭を引っぱたいてみた。ぼす、と間抜けな音が響いて、しばらくしてから「しらないし」と不機嫌な声が返ってくる。生きてんじゃねーか。つか、しらねーじゃねーんだよ、どうすんだこの状況。このまま二人してバターになってプリンの材料にでもなるつもりか。あれ、バターってプリンに入ってたっけ。いやこれももはやどうでもいい。

それにしても、こんなふうに二人して床に転がってても仕方がなさすぎないか。この最悪の状況から脱するにはそれなりのアクションを起こさない限り事態は一向に良い方向に向かわんと思うんだがそこんとこどうなんだ。おい、そこのミイラ。寝たふりすんな。

「あ、めいあんうかんだ」

なんだ急に。お、お前まだ立ち上がる元気あったのかよ。その調子でクローゼットに仕舞いっぱなしの扇風機を出してくれないか良い子だから。それだけで随分状況は進展するんだよ。
しかし、俺の願いをよそに、しばらくして何も持たずにタンクトップの自称奇術師が帰ってきた。

「イルミよんだよ」

呼んでどうすんだよ。
行き倒れが一人増えるだけだろうが。ついにオツムまで暑さに負けたんですかお前は。

「アイス持ってきてくれるってさ」

…まじか!おぉう、それはありがたい。この際ガリガ◎くんでもチュー◎ットでも何でもいいからとにかくこの俺に「冷たい」という感覚を思い出させてくれ。あぁ早くイルミこないかな。

俺が期待に胸を膨らませている間に、またしても目の前の男は床に転がったミイラ化してしまった。一回起きたんだからそのまま踏ん張れよお前。いや、ずっとミイラ状態を続けている俺が言えたことじゃないんだけどさ。

そんなふうに、もう救世主(アイス)が現れるまで現実逃避をしてやろうと俺が目を閉じようとする直前だか直後だかに、汗でベタついた手にサラサラとした人肌が触れた。
……なんでこのあっついのに手なんか繋いでくるんだよお前は。本当に脳みそ熱でプリン化したんじゃないか?つーか、

「おまえ、ぜんっぜん汗かいてねぇのな…」
「僕だって、あついのはあついよ。あれじゃない?新陳代謝が…あれなんじゃない?」

なんだあれって。そこんとこ100字以内で詳しく説明しやがれ。…いや、やっぱいい。もう考えんのも面倒くさいくらい面倒くさい。なにが面倒くさいかって、いやもうすべてがだ。

「こうして君とのたれ死ぬのもいいかもしれないねぇ…」
ヒソカがしみじみとため息をついた。なんだそのじじいみたいな台詞。
「お前はともかく、俺がこんなことで死んでたまるか」
眉間に出来のいい皺をつくって毒づいてやると、カラカラという楽しげな笑い声が部屋にたまりこむ。
 
 
やかましい。なにかもが面倒くさいんだ今の俺は。
役立たずのクーラーの修理はまた今度でもいいや。とりあえず、ヒソカの手はサラサラで気持ちいいから、汗ばんだ手にちょっとだけ力を込めてやろう。