とにかく、その日は、とてつもなく冬だったのだ。





 わかれようか。

 
 
 
まずこの質問に対して、
「どっちに?」と、俺はたずねた。
 
 
 
それから「温度が低いな」と思ってコタツのコードを引っ張りだす。設定が「弱」じゃないか。こんなんじゃ温まるわけがない。さっきからちょくちょく触れるお前の足が死にそうに冷たいことに気づいているのか。今更エコとか気にしてんのか、馬鹿なのかお前。お前が冷えてちゃ仕様がないだろ。
 
そう言って、設定を「強」にしていると、「真面目に聞いてよ」といらだったような声が聞こえた。
 
聞いてる聞いてる。
で、俺とお前はいつ、どこで、どこに「分かれる」んだ。分離でもするのか。フュージョンなのか。
 
「漢字が」
 
ちがう、とまたも焦れたような声が聞こえる。
 
じゃあなんだ。「湧かれる」とかか。もうどんな意味なのかも予測できんぞ。
適当に答えて、俺は近くにあったカゴの蜜柑を何個か選んでから丁寧にむきだした。白い繊維が残らないように皮をむくのは、なかなかどうして難しい。以前、テレビでは取らないほうが健康にいいだの言っていた気もするが、気持ち悪いんだから仕方がない。

ヒソカがだんまりを決め込んでいるうちに、綺麗にむけた房を机の上に並べていく。
 
口に入れると甘くて、すっぱい。
 
いるか、
そう言って差し出すと、あいつはため息をつきつつも「あ、」と口をあけた。
それに気を良くして、適当に何個か放りこんでやる。どうだ、うまいだろ。
 
「ぼく、みかんってすきじゃないんだよね」
 
 
 
…だったら食うな。
 
 
 
 
「話がそれた。で、さっきの話」
わかれるとか、そんなんだっけ?
 
俺が蜜柑を口いっぱいに頬張りながら尋ねると、まぁね、と一言。
しかし一向に口を開かない。これじゃ埒が明かねぇな、と内心盛大にため息をついて、ここは五百万歩譲って俺から切り出すことにする。
 
 
「…で、何で俺と別れたいんだ。簡潔に理由を述べろ。」
 
 
淡々と疑問を口にすると、ヒソカはぴくりと反応してみせた。どう切り出したものか、と悩んでいるようだ。
これまたなかなか話しだしそうにないので、俺は気長に待つことにする。
そうこうしているうちに、蜜柑の残骸はどんどんたまっていった。部屋中が甘酸っぱい匂いでいっぱいだ。
 
 
まるで部屋にしみついた俺とこいつの「形跡」までスッキリ掻き消していくかのような?
 
 
そんな詩的ことな考えて、それから目の前のこいつが切り出すであろう話を思うと、味のない水風船を食べているような気分になった。もう一度口に運ぶと、すっぱいだけだった。
 
「ぼく、に、」
 
「…僕に?」
 
やっとこさ口を開いたので、助け舟をよこしてやる。



 
「ぼくに、興味がないんでしょう」
 
 
そう言うと、「言ってやった」という顔で、真っすぐにこちらを見据えてきた。
 
 
 
 
「何だそれは。意味がわからない。」
馬鹿じゃないのか。
 
「とぼけないでよ」
 
「なにがだ」
…理解不能だ。詳細を説明しろ。
 
「僕、は、」
君から恋人らしい扱いをしてもらったことなんて一度もない。
始めは照れ隠しなのかとも思ったけれど、もう一年近く付き合ってるっていうのに、
言葉ばっかりで、君、キスもしてくれないじゃない
 
それって僕に興味がないってことでしょう?
 
 
 
 
ヒソカはひどく早口で捲し立てると、死にそうな顔になった。いや、もしかしたらこのまま死んでしまうのかもしれなかった。ああ、それこそ間抜けだ。今世紀最大の大まぬけ野郎だ。
 
 
俺は黄色くなってしまった爪の先を見つめながら喋った。
 
 
「良いことを教えてやろうか」
 
 
コタツがいい具合に温まってきた。
今は親指に当たっているヒソカの足もほのかに温かくなっている。
うん、やっぱり強にしておいてよかったな。
 
 
 
 
「俺は今まで、お前に、好きだ、という言葉ははおろか付き合おうと言われたことすらないぞ」
 
 
 
口を挟むすきを与えずに、さらに畳みかける。
「お前こそ、肝心なことも言わないで、キスばっかしてんじゃねぇよ」
 

 
今度は、俺が言ってやったぞという顔をする番だった。
あいつは、しばらくぽかーんと呆けてみせてから、のろのろと2、3回、瞬きして。それからしばらく考え込んでいたようで、1分ほどで顔をあげた。別に数えていたわけじゃないが。
 
「お前がヘタレだから悪いんだ。」
 
妙な空気に気まずくなって早口で言うと、目の前の男は納得したのか、気まずそうな笑顔を見せた。
 
俺は、うすうす気づいてはいたが、
俺の恋人は、言葉で愛情表現するのが苦手らしい。
 
そしてこれもうすうす気づいてはいたことだが、
どうやら俺の方は、愛情とやらを態度で示すのは得意じゃないらしい。
 
…それを勘違いして愛してないだどうの言うアホも目の前にいるわけだが。
  
 
うんまぁ、だからあれだ。お前は、とりあえず遠回しにでも言葉を駆使して俺に「好きだ」と伝える努力をすべきだと思うぞ。俺だって、お前のためにコタツの温度を上げてみたり、好物のみかんを分けてみたりすることから始めてみようと思ってるんだしさ。
 
 
蜜柑を剥きつつそう伝えると、
突然、コタツの中の足が絡まってきた。
 
そして。ぽつり。
「僕、君の足は、あったかいし…好きだよ」
 
 
…足だけかい。まだまだ修行が足りないぞ、ヒソカ一等兵。
 思わずため息が出る。白い息が目の前に広がる。
あぁくそ、寒い。冬だ。いつになったら俺たちに春は訪れてくれるんだ。


そう思いつつ口に運ぶ蜜柑の味は、すごく甘いものだった。
いつかヒソカも好きになってくれたらいいのになと思えるのは、
この季節のおかげなのかもしれない。

 
 

これからも冬は、不器用な二人を見守ってくれるつもりらしい。